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20150105

賀春



明けましておめでとうございます。

今年も残すところ、あと360日となりました。
私事ではございますが、
家移りを機として日記をまた
ちゃんと書いていこうと思います。
なぜなら、制作部屋ができましたゆえ。。


今年最初の記事は、年賀状です。
某会社の10周年を祝して、描かせて頂きました!



http://tukasarea.exblog.jp/21447987/
ありがとうございます!




自分の年賀状が追いついていなく、
すみません。
少しずつ、お返事書きます>_<


満月が眩しいですね。

本年もよろしくお願いいたします。






本音もよろしくお願いします。

20140522

ただのメモ。ただの眼も耳も聴力として。



昨夜は(夢で)しばさんと二人で
黄泉の国へ旅立って来た。


絵画の大作を完成できずに
無念の死を迎えた女の子に呼び出されて。



でも、こっちも向こうもそんなに大差無かったよ。

街が在って、
寄り合いのアパートメントギャラリー(アトリエ?)が在って、

夕方が永い。あと色が 強い。


その女の子は生き生きと怒っていた。

“あなた、今、この瞬間も、絵、描いたらどうなの?”






かくして、

先日の満月から 私の 四時起きの生活が始まった。



千葉は田舎の千駄堀付近にて。

日の出ちょい前から囀出す鳥たちの連絡と

おもむろにキッチンを掃除する父の気配に




私も起きて絵を描く。
ここ最近の身体の不調は寝過ぎだったのだ。
きっと。


そしてふと思うのは
環七は八潮と板橋の間に住まえたらいいなと
漠然と。

20140520

co git o .


 
 

“そっちいっちゃだめだよ”

とか




“ここにいちゃだめだよ”

だとか



静かに制してくれる


どこかの境界線の人間



それを人間と呼んでいいのか解らないけど、

あの人は いつも行間に存在する。
 
 



夢を視たまま戻れない なんてことはない。
 
時間を忘れたまま倒れる なんてこともない。

その人間のおかげで 進んでいる



あなたにも居るはず。



酷く、気が狂いそうなほど美しい世界を視た後で
忘れさせてから目覚めさせてくれる存在。

夢に嵌り込まなくても生きていけるように

己の存在諸共、

吸い込んで あなたを朝に帰してくれるのは




他でもない、 


あなたの 、        。
 
 

 
 
 

20140517

co me dy .




ちっちゃく
ちっちゃく
折りたたんで

折りたたんで


遠くを見ながら
考えたんだ。


指の間から 漏れ出す雫に名前をつけたよ。
たくさん視た 水の中でも 新しいやつ
懐かしいやつ



おりたたんで
おりたたんで

気が済んだら 火を点けよう
一度しか点かないやつを。



それで 最期に鎮火しよう



名前の無い水で。






20140426

はこぶ。

 
明日は久々の現場です。
展示会は、開催中の来場者の人数がいくら多くなろうとも、
開催前後に携わった人数には敵わないのではないかと
いつも感心しています。
(実際はどちらなのでしょうか)



物語の数が多すぎて、
どんどん自分が透明になっていくのを感じます。
透明という表現はあまりしっくり来ません・・・が、
道、というのもまた遠い気もします。
意識的に工事した道もあれば、
知らない間に、ふと通っていた道も在り。

ジャンクションが必要です、
名前の無い。



明日は。

感謝を挨拶に表す日。

過去半年の某を、一言に込めるというミッション。

(場合によっては眼だけ)










蛇足煙足なハナシ。

昨日の夜から今日の朝にかけて考えていた、
禁◯日記がつけられるかもしれない、という予定は
今日のお昼に無くなりました。。。

失恋の手引きを◯に当てはめてみたものの、
失敗してしまいました。
(曰く、別れた元恋人とは二度と会わないの項、etc...)

何故その日記をつけようとしたかというと、

禁断症状がちょっと気持ち良かったからです。

サウナの後の水風呂の後の、クラ感がありました。

おそらく、断食でも同じような症状がでるのではないかと思いました。
体中の血が分散して、体重が軽くなる感じです。


私は一体何について書きたいのか見失います。

そろそろ献血に行くタイミングなのです。

 
 
 
 

 
 

20140420

無言のアナウンス。


アイについては匙を投げたまま、
寄り道に根を降ろして記事を続けます。

ツイッターにも書いてしまいましたが、
白州の中吊り広告が秀逸でした。

というのは、
たまたま日曜の出勤帰りで、
見かけたことも大きいのです。

「白州飲みたい!」という直接的な感情よりも、
ちょっと山梨行ってみよっかなーみたいな

不埒な逃避行心が芽生えるようなアレでして。。。






“ ようこそ森へ。
 
 風がそう言った。 
 
 何かを忘れられた。

 何かは忘れた。 ”




ずるいです。

















日曜は基本的にやさぐれています。

周辺の工場が静かな中で、平和に働いているので

円都に居るぐらいの小さなやさぐれ感を伴っていた方が、丁度いいのです。




何も、なくなりません。

余計なものも、ありません。



疲れていても、

足を動かしてさえいれば



必ずどこかには着きます。












なくなった状態が、多分好きなだけです。

何かがなくなったとき


なくなったことを含めて、
ずっと持ち続けている事を

私は忘れません。






 
 
 


20140418

ウミガメのスープ。


街路では花水木が咲いて来ましたね。

まるでリレーのような、花が散っては後を追いかけるように。

種類の違う花が近くで咲いているのを見ると、
どんな交信をしているのかと。


ところで

実家では花という小さめの柴犬が同居しているのですが、
どうも彼女は、いわゆる「犬」では無い気がします。

忠犬ならぬチュー犬。。。いえ冗談はさておき。

私もだいぶ年をとったのでしょうか、
今まで縦で捉えていた事柄を、随分横で捉えるようになってしまいました。

別の縦とも言えます。





先日、とても美しい生き物がうねっている夢を見ました。
人間に似た、あれはおそらく蛇でした。

今取り組んでいるのは淡い光、
信じられないくらいの薄い水の膜、
可視ぎりぎりの、(言いたくないけど)愛です。

愛としか言いようが無いものを愛と言ってしまうほど
時間が無い訳ではないのに。




20140413


仕事で黒いチョークを使います。
しかし替えの芯は、一緒に働いている人に持ってもらってます。

シャーペンとかetc.とか、芯を替えられるってすごいですよね。
支える器もいいですけどね。。。

人間、心臓は滅多に替えられませんが、
血は巡りますからね。


あなたの芯臓は何ですか。







余談ですが、先日の電車の恋の壁、
再見しました。
千代田線で(・・・千代田線内はホームドアまだ無い気がするけど)。。。
東京メトロのmission for tokyo: ホームドア・・・
メトロ線内の内蔵テレビで見れるみたいでした。










20140404

些事加減


白い砂浜が、目の前にどこまでも続いている。

真っ青な空を上に讃えた砂浜は、なんて綺麗なんだろう。

地平線て、

見えなくなる最後の土地のことだって認識してたけど

ここには終わりがない。



この後に忘れ去る夢のような、朧げな感じの声が

頭の後ろから語りかける。

「ちょっと用事をすませてくるから、この辺で待っててね」

それが男の声なのか、女の声なのかわからない。

母のこえなのか、父の声なのかもしれなかった。

小さな自分は、手に赤い風船を持たされて、

「これを持っていれば、どんなに遠くまで行っててもいいよ」

と肩を優しく押された。



それから、どれほどの時間が経ったのだろう。


気まぐれに後ろを振り返っても、

やっぱり白い砂浜しかなかった。


私の右手から、綿の糸で 赤い風船だけが浮かんでいる。




もう、手を放してしまおうか。


ここはもう充分遠い。




見つけてくれるって、


一体誰を待っていたんだろう。




もう、手を放してしまおう。










美しい砂浜を 力を込めて走り出す。

20140329

  ひどく遠い距離。





日々の生活の中で、Déjà vuとはとても厄介なものである。

ちょっと前までは物珍しくて、周りに居た誰それ構わず

Déjà vuだ」と言っていたんだけれども、

最近はそれが頻繁に起こっていて、誰にも告げられる事無く私は

遠くを眺めてしまう。



夢を見ていると表現が追いつかない、

表現するまでもなく時間が進む体感の中に在り

頭の理解と、到達点とが一直線に、

シナプスの電解速度で行われる。

それが現実では遠い。

それが愛しく、まどろっこしく、

起こりえないとどこかで先に 終わり。をうつ。



届かない、響かない、触れない、というのは、

この場合は肯定なのだろうか。 
 
 
 
 
水の上に水を浮かべて、その上の舟を家にしてみた。

我々は日がな一日裸で居て、

初めて見るように相手を眺めて、

思い出したら水を掛け合うのである。

 
 
 

20140321

今日は(も)、どこへ いこうか。



らせん状に昇ってゆく細胞(育て主が違うとこんなに違うものかしら)。 “今日はどこへ往こうか”って、
本来的な意味で、心から話し合えるのは根っこの在るひとたち。

最近は何に対しても中立に成って来た気がして、流れるままに自然であるような気がする。

中立を演出しなければならなかった時、それは中立では無かった。

白は、黒ではないけれど
ほんとうの白なんてどこにあったんだろうか、

わたしは


あなたではなかったけれど、

私の中のあなたには大層近づいたと思う。


それもこれもF100号の白い海のせいだ。
いいことだ。



すごく(いい意味で)心や胃に、胸に、ぽっかり穴が空いたみたいに

風通しがいい。

植物が背伸びをする季節だ。

今日はどこへ往こうか、ねえ。







***

さて明後日は、ブエナに行きます。
高安君の個展が始まるよ*

http://bar-buena.com/news/3649

20130627

「連々積々」




武永リヨさんの個展

今回、始めてリヨちゃんの制作風景に立ち会う事ができた。
あの温かく、暖かく強い作品の数々が生み出される隣に
自分が居る事が、なんだか不思議です。

ペインティングナイフを突き立てて、ガリガリと色を重ねて行く後ろ姿は
まるで大きな彫刻家の、削り出しにそっくりです。


今日も、リヨちゃんの空間は多くの人を受け容れて
様々な視点を受け容れました。

私はその中でも、最後に話したお客さんとの会話が印象に残っています。

鏡は、外面を整える時に使うけれど、
絵は、内面を整える力が在ると思う。

“自分が想いを預けても、安心して寄りかかれる強さがあるみたい”

何かに似てると思いませんか。
私だけでしょうか。
あなたの大切な人に似てるんだと思います。



武永リヨ個展 「連々積々」
28日(金)まで
よろしくお願いします*



20130620

DOWN BY LAW3







思春期の頃には、「本当の事を知りたい」なんて
よく思ってました。
物事の、語られた側面に対して疑問を抱き続け、
本当の事は隠されているのだ、と。

いつしか、私は、自分の設定した「本当の事」自体に
疑問を抱き始めました。
どうやら世の中には「本当の事」が沢山在るみたいだ、と。

今回のDOWN BY LAWは、
始めに「私たちがやろうとしているのは、ほんの些細な・・・」
というアナウンスが在り、内心驚いていたのです。

まるで、とある外科医が
「これから、あなたの心臓を解剖する訳ですが・・・」と言って、
解剖図を始めに見せてもらったような

「いやいや先生、私は麻酔で眠っていたいので、その間に頼みます!」
「まぁまぁ患者さん、たまには一緒に手術を愉しみませんか」
「そんな余裕があるはず無いでしょう!」
「じゃあ別の、麻酔じゃなくて“見解”を投与してあげましょう」


・・・何が言いたいのかというと、
日常にメスを入れるというのは
様々なドラマが隠されている、のではなく、
様々なドラマを展開できる、ということを
居合わせた皆で体感した訳です。

最近、自分自身の制作のテーマも相まって、
パートナーの存在についてぐるぐると思考を巡らせていたところだったので、
オペがあって良かったと思っています。

y-e-tは、7月は新宿の某スターバックスにて、
8月は上野での公演が決まっています。
ご都合が合う方は是非。